写真と文=片山虎之介
そばの食べ方を語るのに、特に「十割そばの・・・」と、銘打つのには、それなりのわけがある。
十割そばと二八そばは、食べ方が違うのだ。
同じそばなのに、なぜ、食べ方を変える必要があるのか。
それは、十割そばと二八そばでは、麺の持つ個性、特徴が異なるためだ。別のキャラクターを持つ麺と言い換えてもいい。
それぞれの特徴を、十分に楽しむために、食べ方を工夫する必要がある。
まずは、十割そばと二八そば、それぞれの特徴を解説しよう。
十割、二八、それぞれの特徴
良くできた十割そばの特徴は、香りと味が濃厚なことだ。濃厚でありさえすれば良いというものではないが、小麦粉を二割混ぜたそばに比べれば、その二割の分だけ、十割そばのほうが、風味が強くなることは疑いの余地がない。
そして十割そばは、小麦粉が入っていないので、麺の食感にグルテンの影響が感じられない。グルテンに影響された食感とは何かというと、つまり、ツルツル感のことだ。グルテンによってしっかり繋がり、切れにくくなった麺の舌触り、のどごしに、二八そばならではの個性を見ることができる。
十割そばの舌触り、のどごしは、どんなものかというと、これは蕎麦の作り方によって大きく異なる。二八そばと間違えるほど、ツルツル感のある十割そばもあれば、反対に、太くて、ゴツゴツして切れやすく、ボソボソした食感の十割そばもある。
「十割そばは、太くて、ぼそぼそして、美味しくない」と主張する方がおられるが、そういうそばもあるが、細くて、ツルツルした十割そばも、あるんですよと、お伝えしておきたい。すべての十割そばが、太いわけではない。
ふたつの麺の特徴を記したが、ツルツルして細く長く繋がっているのだから二八そばのほうが良いと言っているわけではない。そもそも、蕎麦とは切れるものなのだ。グルテンを持たない蕎麦の麺は、切れてあたりまえであり、切れるから「蕎麦」だと言うことさえできる。切れない二八そばは「二八そば」という名前の、そばだけで打った「蕎麦(十割そば)」とは別の食べ物なのだ。
また、香りと味が優っているのだから、十割そばの方が上等だと言っているわけでもない。
両者それぞれに魅力があり、別のキャラクターなのだと理解していただきたい。
良くできたそばと、少々難ありのそば
ここまで書いたのは「良くできた」十割そばのことであり、二八そばのことである。話がだんだん複雑になってきて、申し訳ないのだが、出来の良くないそばしか食べたことのない方が、それを基準に意見を言うと、また困ったことが起きる。そばについて詳しくない方が、そういう意見をネットなどで読むと、「なるほどそういうものなのか」と頭に刻み込んでしまうのだ。
もちろん言うのは自由だから、止めることはできない。受け取る側がきちんとした知識を身につけて、誤った情報を見分けることが重要である。
出来の良くない蕎麦とは、どういうものかというと、私の好みからいうと、太い二八そばはちょっとつらい。しかも強力粉を入れて太く打ったそばとなると、かなり手強い。お好きな方がいらっしゃったら謝っておくが、これは私の個人的な好みである。
十割そばで、個人的に苦手なのは、アクが強すぎるそばだ。黒くてアクがしっかり主張しているそばは、私は、申し訳ないが、一口食べただけで箸を置いてしまう。これを無理に食べると、あとで胸焼けがして、大変なことになってしまうのだ。
しかし、アクが強いそばが好きという方は、一定数、おられる。これも人それぞれなので、お好きな方にとっては、美味しいご馳走なのだ。
誰もが、好きなそばを食べればいいのだし、好きでないそばを無理に食べる必要は、もちろん、ない。
十割そばと二八そば、食べ方の違い
さて、前置きが長くなったが、十割そばと二八そばの食べ方の違いについて説明しよう。
十割そばは、香りと味が命なので、それを殺さないように配慮することが、食べ方の基本だ。
まず、十割そばは、のびるのが早い。茹であがった瞬間から劣化が始まる。秒単位でのびて、味が変わっていく。
だから、目の前に十割そばが運ばれてきたら、即座に召し上がっていただきたい。
最初は、そばつゆは使わずに、麺だけを味わう。そばつゆにどっぷり浸したら、麺の味や香りがわからなくなってしまう。
麺の香り、味、食感を、十分に堪能したら、次はそばつゆをつける。それも、そばつゆの中にドブンと沈めるのではなく、箸で持ち上げた麺の下三分の一ぐらいにつゆをつけて食べる。こうすると麺だけでは望み得ない、蕎麦の香りと味と、つゆのハーモニーの別世界が広がるのだ。
これが、蕎麦の作り手が、蕎麦を食べる人に伝えたかった「風景」なのだ。ここで、作り手が送り出した風景が見えたならば、食べ手と作り手の出会いは成功したと言えるだろう。この出会いのコミュニケーションの中にこそ、蕎麦の醍醐味が詰まっていると、私は思っている。
では二八そばの場合はどうか。
二八そばの魅力の主体は、やはり食感だろう。蕎麦の香りと味を二割犠牲にしても小麦粉を使う意味は、グルテンの魅力を取り込みたいということなのだ。
江戸、寛文のころに、蕎麦に小麦粉をつなぎとして使うことが工夫されて以来、蕎麦の世界は飛躍的に華やかさを増した。蕎麦だけではできなかった新しい食感を表現することが、容易にできるようになったのだ。二八そばが大人気を博したのも、新しい食味に魅せられた人たちが、たくさんいたということだろう。
小麦粉の力は、蕎麦に翼を与えたと言うことができる。
その力を乱用せずに、蕎麦の魅力を増大させるように使ったそばが、良くできた二八そばだと、私は思っている。
食感が穏やかで、するりとのどごしを楽しむことができて、香りと味の強さは、上品に制御されている。これが、良くできた二八そばの基本だ。
こういう蕎麦は、ふところが深い。白米が、どんなおかずで食べても合うのに似ている。二八そばは、薬味で言えば、刺激の強いわさびを使っても、問題なく楽しめる。ところが主張の強い十割そばは、薬味を選ぶ。そばの香りと味が強いほど、合わせる薬味を選ぶのが難しくなる。
十割そばの薬味の基本は、大根おろしだ。良くできた十割そばには、大根おろしがピッタリ合うし、私が苦手なアクの強い十割そばであっても、大根おろしは、少しその刺激を和らげてくれる。
二八そばのそばつゆは、どちらかというと薄味が合う。十割そばは、麺が強い分だけ、強いそばつゆでないと負けてしまう。
十割そばと言っても、実に多彩なバリエーションがある。
二八そばも、打つ人によって、千差万別だ。
麺に個性を与える優れた打ち手との出会いを、どうぞ楽しんでいただきたい。