写真と文=片山虎之介
【十割そばの定義】
十割そばとは、小麦粉などの混ぜ物は一切せずに、そば粉だけで打ったそばのことをいう。
「十割そば」という名称は、比較的、新しい呼び名で、従来は「生粉(きこ)打ち」と呼ばれていた。
「十割そば」は「じゅうわりそば」のほかに「とわりそば」と読む人もいる。
また「純そば(じゅんそば)」「全そば(ぜんそば)」などとも呼ばれる。
そばに小麦粉を入れるのは、主に、麺線状に長くつなげることが目的だが、小麦粉以外にも、新潟県十日町市付近に見られるような、海藻の「ふのり」をつなぎにする方法や、長野県の飯山市付近に見られる、オヤマボクチという、植物から取り出した繊維を練り込む方法もある。小麦粉だけでなく自然薯や卵など、各地で使われてきた「つなぎ」も、そばに混ぜたら、それは十割そばとは呼べなくなる。
また、青森県弘前市の「津軽そば」は、そばを作る際に、大豆を絞った汁「呉汁」を練り込むが、これは「つなぎ」ではなく、食料が乏しかった時代に、増量を目的に行われた工夫だと考えられる。こうした混ぜ物も、そばに入れたら、十割そばではなくなる。
さらしなそばに柚子などの食材を練り込んだものも、十割そばとは呼べない。
【十割そばの歴史】
寛文8年(1668) の「料理塩梅集」に、夏に劣化したそば粉を繋げるには、うどん粉(小麦粉)を三分加えると良いという記述がある。小麦粉のつなぎが使われるようになったのは、この頃からであろう。
それ以前は、そばは基本的に生粉打ちだったと考えられる。
本来の日本蕎麦は、十割そばだったのである。
【十割そばの長所】
十割そばは、そば粉だけで作るため、そばそのものの強い風味が楽しめる。このそばの長所は、素材であるそば粉の美味しさが、そのまま麺に現れることだ。
だから、おいしい十割そばを作りたいなら、良い材料を使うことが、必須の条件となる。十割そばに、ごまかしは効かない。
【十割そばの弱点】
素材の味がそのまま麺に現れるという特徴は、そば粉が良質である場合は長所となるのだが、素材の質が悪いと、逆に弱点となる。不味いそば粉の味はごまかしようもなく、繋がりの悪いブツブツ切れた麺になり、噛めばモソモソして飲み込むことさえ難しい。出来の悪い十割そばほど、悲しい食べ物はない。
また、小麦粉の入った二八そばに比べると、十割そばのほうが、早くのびる傾向がある。
茹で上がったら時間を置かずに食べたほうが、十割そば特有の、エッジの効いた舌触りや、コシ、張りなどの食感を楽しむことができる。
香り、味、食感の三拍子が揃った、極上の十割そば
【十割そばの種類】
十割そばは一種類ではない。製粉方法や作り方によって多くのバリエーションが存在する。以下に例を挙げる。
(製粉による分類)
・殻に包まれた状態のソバの実を、石臼に入れて製粉した「玄挽き」の十割そば
・殻を剥いたソバの実「丸抜き」を製粉して作った「丸抜き」からの十割そば
・さらしな粉だけで打った「さらしな」の十割そば
(作り方による分類)
・手打ちで作った十割そば
・機械打ちの十割そば
・乾麺の十割そば
(食べ方による分類)
・冷たいもりそばの十割そば
・温かいあつもりの十割そば
・かけそばなど、温かい十割そば
・釜揚げの十割そば
【十割そばは繋がらないのか】
「そばは十割では繋がらない」と主張する人もいるが、適切に作業すれば、そばだけで問題なく繋がる。繋がらないのは何か理由があるからだ。
考えられる理由を挙げてみよう。
・そば粉の質が良くない
・打ち方(製麺方法)に問題がある
・そば粉が粗挽き過ぎる
・加水量が適切ではない
・タンパク質が少ないそば粉を使っている
・茹でるときの取り扱いが乱暴
そばには、小麦粉と違って、グルテンを形成するグルテニン、グリアジンなどのタンパク質は含まれていない。だから十割そばは、小麦粉を入れたそばよりは、打つのが難しいとも言える。
しかし、繋がらないわけではない。正しい作り方をすれば、十分につながった麺になる。
良質のそば粉だけで打った十割そばは、豊かなそばの風味を楽しむことができるが、現在、そば店で提供したり、スーパーやコンビニ、通販などの市場に流通している「十割そば」は、製造方法がそれぞれに異なるため、「十割そば」という名前は一緒でも、食味の違いには大きな幅がある。
十割そばの本当の美味しさを楽しむには、食べる側にも、そばを見分ける知識、力が必要となる。