写真と文-片山虎之介
十割蕎麦とは、蕎麦粉(と水)だけで打った蕎麦のことですが、大きく3つの種類に分けられます。
1、玄挽きの十割蕎麦
黒い殻に包まれたままのソバの実を、殻を剥かずに、そのまま石臼などで製粉した蕎麦粉を使って打った十割蕎麦のこと。殻のかけらが入っているため、麺の色が黒っぽくなりますが、製粉の仕方によって色の濃さは変わります。
上手に作られた玄挽きの十割蕎麦は、とても美味しいものですが、うまくできていないと、えぐみが強くて食べられないものもあります。
2、丸抜きの十割蕎麦
そばの実の殻を剥いた実を「丸抜き」と言います。これを製粉して作った蕎麦粉で打った十割蕎麦が、「丸抜きの十割蕎麦」です。
比較的、打ちやすく、蕎麦屋さんなどで一般的に多いのは、このタイプです。
新蕎麦の時期の丸抜きは、甘皮がきれいな緑色をしているものがあります。
そういう材料を使って打った蕎麦は、麺が微かな緑色を帯びていて、色と同時に、新蕎麦の清々しい香りも楽しむことができます。
3、さらしなの十割蕎麦
ソバの実の中心のデンプン質の部分を精製して作ったのが、さらしな粉です。この粉だけで打ったものが「さらしなの十割蕎麦」です。
色は白くて美しいのが特徴ですが、さらしな粉は、蕎麦特有の香りも味も希薄です。「さらしなの十割蕎麦」は、上記2種類の蕎麦とは、違った楽しみ方をする蕎麦だと言うことができます。
上記、3種類の十割蕎麦は、異なる味わいを備えています。
それぞれの十割蕎麦の美味しさの特徴を、以下に解説します。
1、玄挽きの十割蕎麦の美味しさとは
この蕎麦は、製粉する際に、ソバの実の殻を挽き込んでいるところが、他の蕎麦とは大きく異なる点です。殻は本来、食べ物ではありません。昔、ソバ殻は、枕の中に入れるなどして利用されました。
食べ物ではないものを、なぜ挽き込むのかというと、殻には独特な匂いと、アクがあるので、それを利用するのが目的です。
蕎麦はアクの強い食べ物です。丸抜きを製粉しても、アクがあります。
アクは、食べて美味しいものではありませんが、春の山菜などはアクを楽しむ食べ物です。アクを上手に使うと、ワサビを少しだけ使えば美味しいのと同じで、蕎麦の味に、特別な魅力を付与することができるのです。
玄挽きの十割蕎麦は、少しのアクと、独特の香りを楽しんでください。
2、丸抜きの十割蕎麦の美味しさとは
丸抜きを製粉して打った十割蕎麦には、強いアクはありませんが、それでもわずかなアクはあります。新蕎麦の若い実は、ひね(古い)の蕎麦よりもアクが強いものです。
このアクをどのようにコントロールして美味しさに変えるかが、製粉する人、蕎麦を打つ人の腕の見せ所なのです。
蕎麦が持っている香りや味を、最もはっきりと感じることができるのは、丸抜きの十割蕎麦でしょう。
この蕎麦は、色、香り、味、それと十割蕎麦ならではの強いコシを、最大限に楽しむことができます。
3、さらしなの十割蕎麦の美味しさとは
香りも味も希薄な蕎麦ですが、良質なさらしなの十割蕎麦は、上記二種類の蕎麦とは違って、さらしな粉のほのかな甘さを感じることができます。
ただし、さらしなの甘さを引き出すためには、優れた蕎麦打ちの技術を持った人が打たなければ難しいでしょう。
この蕎麦はアクもありませんし、味にも食感にも、強い主張がありません。だから、蕎麦以外の様々な食材と合わせやすいという特徴があります。
お米で言えば、白米のようなもので、多様なおかずに適応する能力に長けているのです。
お酒を飲んだり、他のご馳走と一緒に食べるときに、さらしなの十割蕎麦は個性が輝くのでしょう。
十割蕎麦は、二八蕎麦など小麦粉を混ぜた蕎麦とは違った美味しさを持っています。それは「濃さ」とか、「強さ」と言い換えることができます。
小麦粉を混ぜた蕎麦は、グルテンの力を借りて長い蕎麦を作ることができますが、グルテンの力は強いので、小麦粉をわずかに入れただけでも蕎麦の味わいは大きく変化します。
蕎麦が本来持っている香り、味は、グルテンが入ると、とたんに弱くなっていきます。その影響がどれほど大きいのかは、十割蕎麦と二八蕎麦を食べ比べてみるとわかります。
十割蕎麦が美味しい理由は、グルテンに邪魔されずに、蕎麦本来の香り、味、それに十割蕎麦ならではの硬めの舌触りや、喉越しなどの強い接触感覚を、ダイレクトに感じられるところにあるのです。